★えぐえぐした日。ひとりカラオケでもダメやった日。のメモ

今朝、実家行って、あじさいの写真や、腰の高さまで育ってきたひまわりや、花の咲いたサボテンなどの撮影をし、郵便物を持って、おかんのお見舞いいった。
コーヒーのみながら、先週おかんに渡せなかった、「この2ヶ月で良くなった症状や事柄のリスト」を読ませた。
頭がい骨開けた人は、その手術の記憶がないらしいので、おかんももちろんその時の記憶がない。
福祉施設で楽しく生活していると、自分が病人だったことや、リハビリしないといけない事など自覚なく過ごしているようじゃった。
じゃので、自分の記憶や、体が、最悪だった数カ月の事もぼんやり忘れていたようで、普通に喜ぶかと思ったら、けっこう冷静におののいていた。
デジカメで、手術の頭の傷を撮影して見せてあげたりした。
おかんは、トイレが間に合わない事もなく、もう、おむつしてなかった。
脳みそのテストでよく聞かれることを、聞いてみたら、正確に答えてたので、現状の記憶はだいぶ整頓されたようじゃった。
今後、月に1回は実家に外出して、自分の生活の不便さや、実家の雑草が大変なことになってることなど、自覚してもらう。
 
手術の話するとき、ぼくは、「・・というわけで、普通なら死んでたの助かったんじゃから、治るの時間かかるのは当たり前やから、ゆっくりがんばってリハビリしよう」て、言う。
そしたら、今日はおかんは、冗談で「死んじゃったら、お母さんお荷物にならなかったのにねー」て笑ってゆうた。
ぼくは、「みんなのおかげで助かってるのに、そんなこと冗談でも言ったらあかん!」て叱りました。
病室に戻って、夕食の食堂にいってからも、そういう冗談をいうので、ぼくは、ついに泣いてしまいました。
 
おかんが、手術しているとき、親戚のみんなかけつけてくれたこと。遠くの病院にもぼくや、親戚のおばさん毎週おみまいいったこと。みんな応援している。
それに、ぼくはおかんがまだ危篤状態の時、おとんに、ぼくの命を10年あげるから、おかんを連れて行かないでって、必死にお願いしたのに、おかんは、冗談で死んでたら迷惑掛けなかったなんて、いうたら、あかんもん。
じゃから、もう、ぼくは、食堂でわんわん泣いて。周りの人も、見てるけれど、わんわんないて。
そしたら、ちょうど6時で、施設の人が「面会時間すぎましたよ」て言いに来て。
ぼくは、えぐえぐなきながら、廊下あるいて、看護師さんたちがいるロビーを避けて、こっそり帰りました。
帰り道は、もう夕暮れやのに、サングラスして、えぐえぐ泣きながら道を歩いて、
サングラスに涙がついてもて、塩が結晶して白くカピカピになってしまいました。

バスと電車をのりついで、帰ってきたけれど、せつなくてな。
近所のお友達は、この時期留守やので、ひとりカラオケに行った。
 
カラオケいったけど、なんじゃか喉がつまったかんじで、声が出なくて、つまらんかった。
暗い曲ばかりうたってしもた。

せめて、曲だけでも明るく…と、パヒュームを歌ったら、、、
これまた、どこから声出してええんか分からず、盛り上がらんかった。
あれは、歌うものやなくて、、、踊るものなんじゃろか。。。
 
コンビニよったけれど、何も買う気せんかった。
自分のマンション戻ったら、おかんからメールがきてて
「リハァビリがんばるからね。おやすみー」て書いてあった。
鳴きながら帰ったから、おかんも少し反省しているようじゃった。
しかし、おかんは、リハビリの事を、なんでか、日記やメモやらで文字にすると
「リハァビリ」て書くので、少しウケました。
 
PS
ぼくもこのくらいおどれるようになりたいですo(・Ω・